有機溶剤は、塗装・印刷・清掃・ネイルサロンなど、幅広い業種で日常的に使われている物質です。便利な反面、人体への有害性も高いため、法的にも厳しい取り扱いが義務づけられています。
特に、労働者が有機溶剤を扱う作業を行う現場では、「有機溶剤作業主任者」の選任が労働安全衛生法により義務づけられています。しかし、現場によっては「人手が足りない」「誰でもいいから名前を出しておけば良い」と安易な運用をしてしまっているケースも。
この記事では、有機溶剤業務において講習を受けなかった場合に企業や個人が抱えるリスクや、実際の罰則・行政指導の事例を通して、「知らなかった」では済まされない現実について詳しく解説します。
法律で義務づけられている「有機溶剤作業主任者」
労働安全衛生法および有機溶剤中毒予防規則では、有機溶剤を使用する一定の業務において、作業主任者の選任と、その者が講習を修了していることが義務付けられています。
該当業務に主任者を選任していない、あるいは講習を修了していない者を選任した場合には、事業者に対して罰則や指導が科される可能性があります。
法的根拠の一例:
- 労働安全衛生法第14条(作業主任者の選任)
- 有機溶剤中毒予防規則第10条(主任者の講習修了要件)
講習未受講のまま業務を行った場合のリスク
1. 安衛法違反による罰則
厚生労働省の定める要件を満たさずに主任者として業務に従事させた場合、労働安全衛生法違反となり、6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります。
実際の行政指導や送検事例を見ると、「主任者の講習未受講」は特に重視される違反項目です。
2. 労災発生時の企業責任の拡大
有機溶剤は、吸入や皮膚吸収によって中毒症状を引き起こすことがあります。もし講習を受けていない主任者のもとで、作業者に中毒や事故が発生した場合、**「適切な管理がなされなかった」**として企業の管理責任が問われることになります。
企業が法令に基づく安全対策を講じていなかったとみなされると、労働基準監督署からの厳しい指導や再発防止命令、最悪の場合には刑事告発もありえます。
3. 企業イメージの悪化・取引停止のリスク
一度でも労働安全衛生法違反で送検されると、企業名が公表されることがあります。これにより、取引先や顧客からの信頼が失墜し、取引停止や契約解除の事態に発展するケースも。
特に建設業界や製造業では、安全管理ができていない企業とは契約を結ばない方針の元請けも多く、長期的な売上に深刻なダメージを与える可能性があります。
実際にあった行政指導・送検事例
以下は、実際に有機溶剤業務で講習を受けていない作業主任者を選任していたことが問題視されたケースです。
事例1:某塗装業者(関東地方)
作業主任者を配置していたものの、講習未修了者であったことが発覚。作業中に有機溶剤中毒が発生し、労働者が入院。労基署より安全配慮義務違反として送検、企業名が公表される。
事例2:清掃業の現場(関西地方)
イソプロパノールを含む洗浄剤を使用する業務で、主任者を未選任。換気が不十分で、作業者が体調不良を訴え、労基署の調査により是正勧告。
事例3:印刷工場(東北地方)
作業主任者の選任はあったが、形式的に名前だけ借りており、実質的な安全管理をしていなかった。現場検査にて不備が多く、安全管理者の責任不履行として指導対象に。
「知らなかった」では済まされない時代
法律上、有機溶剤作業主任者の選任義務は事業者にあります。たとえ経営者や現場責任者が「講習を受けなければならないとは知らなかった」と言っても、法的には通用しません。
情報が容易に手に入る現代において、「知らなかった」は重大な過失とみなされる可能性すらあるのです。
企業が取るべき対応
講習を受けていない主任者が現場にいるかどうか、まずは実態を把握することが第一です。そして、必要に応じて下記の対応を早急に取りましょう。
- 講習の受講計画を立てる
- 主任者資格者一覧の整備
- 安全マニュアルの見直しと共有
- 現場責任者への再教育
まとめ
有機溶剤業務において講習を受けていないまま主任者に選任することは、法律違反であるばかりでなく、企業にとっても大きなリスクです。罰則や損害賠償、企業イメージの失墜といった問題は、経営にも深刻な影響を与えます。
正しい知識と対応で、働く人の健康と企業の信頼を守りましょう。

